傍観者からの脱却

こんばんは。初めての、はてなブログへ書き込みです。

まず最初に、田舎県民なので方言で書きます。ご容赦ください。正直に、自分の言葉で喋ってみます。

はてなブログは嫁が長くやってるので楽しみに見てました。文才もないので、読むだけの状況が続いていたのですが、この度一念発起(大げさではない)書いてみることにしました。このところ、流れる時間をつくづく実感する事が多くなり、書き留めるのも良いかなと思ったのです。(時間への儚い思いは幼少からですが)

私は多発性筋炎という病を患っています。症状は重症の部類に入っていると自覚しています。発症後2カ月で、身体のあらゆる筋肉が自分の言う事をきかなくなりました。口をあけるのも食べ物を飲み込むのも苦痛なほどに。国立病院機構から膠原病の専門病院を紹介され、そこで一目で病名を当てられ、適切な治療で九死に一生を得ました。嫁の献身的な介護も忘れられません。

それまでの自分はというと【傲慢】の一言です。あらゆる事に自信に満ちていて、体力・筋力もその鎧の一つでした。嫁と出会ってすぐの高速道路。サービスエリアの鉄棒を見ると、飛びついてグルグル回り、得意そうにするバカです(笑)その鎧の一つの筋力を徹底的に無くされました。それも自分の免疫に。病気後に同じ鉄棒を見たら、とても高くて、やるまでもなく無理だと悟りました。今は、人は得意な分野があると、少しでもそこにしがみつくものだと気づくことができました。失ったものより、得るものが多い発病後の生活を送っています。部下や周りに対しても「できないのは努力が足らない、もしくは工夫が足りない」と思ったり、言葉を浴びせていた自分が、人に頼らないと自分ではできない人になりました。でも不思議なことに「悔しい」という気持ちは無く「あー、無くなったんだ」としみじみ実感しただけです。実生活では体力を仕事で使う場面が多い職場でしたが、上司や部下たちの気遣いに救われました。人に感謝する毎日は、自分の思い通りの毎日と比べても遜色はありません。いや、むしろ心地よいものです。「お願いね」は昔の自分には無かった言葉です。言っていたとしても薄っぺらだった気がします。今は心から正直に、人に感謝し、お願いができています。

嫁には「病気前より優しくなった」と言われますが、それは皆さま方のおかげなのです。もちろん嫁を筆頭に。してもらった事にお返ししたい。今の自分にできる環境の中で。そして自分も、もっともっと楽しむつもりです。5年間で3回死にかけましたが(笑)現在は丸1年以上入院しておらず、もう発症しないんじゃないの?と思えるほどです。以前の筋力が回復する事はもう2度とありませんが、違う幸せが嬉しいのです。

闘病時の状況や思い出、近況報告などなどは次の機会に。ではまた。